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神戸には、外国人だけが住み、働く場所として設けられた旧居留地があります。東は今のフラワーロード(当時は生田川)、西は鯉川通り、北は旧西国街道、南は海岸で囲まれる地域で、今では神戸の繁華街のど真ん中ですが、当時の市街地からは3.5kmほど東に離れた場所に建設されました。土地が整備され、1868年から次々に外国人に売却され、数年をかけて完了しました。最初は居留地に住む外国人の自治組織(居留地会議)で運営された、治外法権の地域でした。1894年に神戸市に返還され、その後、多くの日本人がここに入り込み、ビジネスの中心地になっていきました。
太平洋戦争で、旧居留地では建物の約70%が破壊されました。しかし、1950年の朝鮮戦争によって日本の経済が活発化され、復興が促進されました。1980年頃から近代洋風建築物と歴史的景観が見直されだし、明治時代の外国人が建てた建物を活用したブティックやカフェ、レストランなどの商業施設ができ始めました。平成7年(1995年)の阪神淡路大震災により多くのビルが破壊されましたが、震災から8年を経過した2002年には建物の9割が再建されたそうです。また、歩道の拡幅、ベンチの設置など歩行者重視の整備が現在でも進められています。
では、旧居留地を散策していきましょう。

1.大丸神戸店と旧居留地38番館
大丸神戸店の建物は、昭和2年(1927年)に地下1階、地上7階のビルとして竣工、開業しました。太平洋戦争の神戸大空襲でも生き残り、戦後も増築を重ねていきました。しかし、阪神淡路大震災により大きな被害を受けました。現在は復興も完了していますが、1936年に完成した村野藤吾設計の建物は残念ながら震災の損傷が大きく、解体されたそうです。
旧居留地38番館は、シティバンク神戸支店としてウィリアム・メレル・ヴォリスが設計し、昭和4年(1929年)に建設された、地上3階、地下1階の鉄筋コンクリート造りの建物です。今は大丸神戸店の一部となっていて、エルメスなどの高級ブランドが入っています。旧居留地では建物の名前が38番館のように番号で呼ばれるビルがいくつかありますが、この番号は居留地の区画番号(38番地)です。ただ普通の区画番号のように順番に並んでいるのではなく、整備、落札された順番に番号が付けられているそうです。
2.あいおいニッセイ同和損保神戸ビル
明石町通りを南に行くと、白い壁に縦長のアーチ窓が特徴的なレトロビルがあります。あいおいニッセイ同和損保神戸ビルです。元は、旧神戸海上火災保険会社の本社ビルで1935年に竣工しました。先の震災でも倒壊は免れ、耐震改修と外壁のリニューアルで、竣工当時の姿を取り戻しました。なお、この場所は居留地19番です。
3.海岸ビルと商船三井ビル、メリケンビル
明石町筋が海岸通り(国道2号線)と交わる交差点の両側に海岸ビル(西側)と商船三井ビルディング(東側)があります。さらに、海岸ビルと道1つ隔てて西側に神戸メリケンビルがあります。
海岸ビルは、旧三井物産神戸支店として大正7年(1918年)に竣工しました。阪神淡路大震災で全壊認定されたため、特徴的な幾何学的装飾が施された外壁は撤去、保管され、その後再建されたビルの低層部に旧外壁を再構築したそうです。
商船三井ビルディングは、旧大阪商船神戸支店として大正11年(1922年)に竣工したルネサンス様式の石積みの建物です。建物には旧居留地5番というプレートがついていました。海岸ビルと商船三井ビルは竣工した年は近いのですが、ちょうど建物の外観の流行が変わる時期だったそうで、この2つの建物の外壁や装飾を比べてみるとずいぶん違うのがわかります。
神戸メリケンビルは、初代米国領事館があった場所で、大正7年(1918年)に日本郵船神戸支店(旧神戸商船ビル)として建設されました。阪神淡路大震災では軽微な被害しか受けなかったそうです。
4.神港ビルとチャタードビル
商船三井ビルから海岸通りを東に少し歩くと、神港ビルがあります。また、浪花町筋を隔てて東にチャータードビルがあります。
神港ビルは、川崎汽船本社ビルとして昭和14年(1939年)に竣工しました。近代建築と現代建築の境界に位置する様式で、屋上のガラス張り塔屋が特徴です。居留地8番のプレートがついていました。
チャータードビルは、チャータード銀行神戸支店として昭和13年(1938年)に竣工した建物です。正面外壁にはイオニア式列柱が配されています。南西と南東の角にはレトロな木製の回転ドアは当時のまま残っています。
5.旧居留地15番館
旧居留地の中で一番有名な建物ではないかと思います。居留地時代(1868~1899年)の1880年ごろに完成したコロニアルスタイルの建物で、旧アメリカ合衆国領事館として建てられ、その後商館として、現在はレストランとして使用されています。阪神淡路大震災で全壊しましたが、元の建材を使用し、明治時代の技術で復元されました。国の重要文化財に指定されています。建物と同様、旧居留地時代の下水道管も残っていて、ここで見ることができます。近代下水道としては日本最古のもので、現在でも一部ですが使用されています。
6.神戸市立博物館
この建物は、昭和10年(1935年)に横浜正金銀行神戸支店として竣工し、戦後も銀行として使用されました。神戸市に譲渡された後、美術館、博物館として使用されるようになりました。


















































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