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日本民家集落博物館(1)

大阪、豊中市にある服部緑地公園の中に、「日本民家集落博物館」という、野外博物館があります。そこには、江戸時代の日本各地の代表的な民家(主に農家)が移築、復元されています。南北に長い日本は、地方により気候が異なり、建築物もその地方固有の様式があります。

約3万6000平方メートルの敷地内には、北は岩手県、南部の曲家から、南は奄美大島の高倉まで12棟の民家が立っています。敷地は平坦ではなく、丘あり谷ありで、ちょっとしたハイキング気分も味わえ、四季折々の草花も楽しめます。

今から、この野外博物館にある建物を3回に分けて紹介していきます。

1.博物館の入口は、大阪の東大阪市から移築された「河内布施の長屋門(ちょうやもん)」です。長屋門は、門と建物が合体したもので、門の片方は土蔵、もう片方は下男が寝泊まりした部屋です。江戸時代、門は地位のシンボルだったそうです。

2.門を通ると右手に大きな蔵が見えます。「堂島の米蔵」です。江戸時代、大阪の堂島川沿いにはこのような米蔵が立ち並んでいたそうです。

3.「飛騨の白川郷の合掌造り民家」。屋根が手を合わせたような形なので合掌造りと呼ばれ、雪や風に強い構造です。家は3階建てで、母屋と2つの付属小屋から成り、右側の小屋はお手洗い、左側は台所です。母屋は1階が住居、2,3階は仕事場でした。

  • 4.大阪府北部の能勢から丹波にかけての古民家で、「摂津能勢の民家」です。この建物は、江戸時代初期の建築と推定されています。

  • 5.「奄美大島の高倉」。亜熱帯性気候に対応して床を高くした竹造りの高床式倉庫です。湿気を防ぎ、風通しが良くしてあります。この高倉は、各家から離れた、村はずれに建てられたそうです。

  • 次は建物ではありませんが、「堺の風車」です。風車は大正時代から昭和20年頃まで、畑の灌漑用として大阪湾の堺港当たりで使われ、700基以上もあったそうです。これは、昭和の初期に活躍した風車です。

次も建物ではありませんが、「クリ舟」です。これは、江戸時代、奄美大島で使われたものです。丸木をそのまま削った、長さ3メートルくらいの小型の舟で、2,3人乗りで漁に出かけたそうです。

今回はここまでです。残りは、次回ご紹介します。

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