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高台寺は、豊臣秀吉の正妻、ねね(北政所)が秀吉の菩提を弔うために建てたお寺で、1606年創建されました。また、ねねの道は、高台寺の西側を南北に延びる(円山公園の南側から霊山観音(りょうぜんかんのん)の参道までの約460メート)石畳の道です。この辺りは平安神宮、丸山公園のすぐ南側で、国内外からたくさんの観光客が訪れる場所です。ずいぶん前、高台寺という標識と大きな観光バスが何台も止まっていたのを見て、いつか行こうと決めていたお寺です。(実は、標識を見た時は、鳥獣人物戯画で有名な「高山寺」と間違えていて、「山奥にあると思っていたけどこんな街中にあるんだ」と思いました。後で調べると、高山寺はやっぱり山奥にありました。高山寺もいつか行くつもりでいますので、その際はここでリポートしたいと思います。)
高台寺には円山公園からねねの道を通っていきました。では、高台寺とねねの道をご紹介します。
(赤い線がねねの道)

高台寺は、臨済宗建仁寺派の寺院で、本尊は釈迦如来です。上で書いたように、この寺はねねが亡き秀吉を想って建てた菩提寺で、高台寺はという名前は、ねねが仏門に入った後に名乗った院号である「高台院」にちなむそうです。したがって、この寺は禅宗寺院であるともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格も持っています。戦国時代には珍しい恋愛結婚で結ばれた2人は、晩年までずっと仲が良かったと言われ、ねねは秀吉が亡くなった後も、住んでいた屋敷(現・圓徳院)から高台寺へ毎日通ったそうです。
寺は、方丈(本堂)を中心とし、その西に庫裏(くり)があり、東側には偃月池(えんげつち)・臥龍池(がりょうち)という2つの池をもつ庭園が広がります。境内の広さは約12,000坪(約4万平方メートル)程度で、入った時広いなあと思いましたが、創建当時はこの8倍(32万平方メートル弱)もあったそうです。その境内には、開山堂、霊屋(おたまや)など国の重要文化財に指定されている建造物が立っています。
開山堂は創建当時からある建物で、ねねの持仏堂でした。開山堂に続く屋根つきの楼船廊の途中にある小規模な建築物は観月台と言い、ねねが伏見城から移築したものです。豊臣秀吉遺愛の建物で、ねねもここから月を眺めたと言われています。また、高台には秀吉とねねが祀られている霊屋があり、堂内装飾は桃山様式の蒔絵(高台寺蒔絵)が用いられています。開山堂と霊屋は臥龍廊(がりょうろう)という屋根付きの階段で結ばれています。どれもとても風情があるのですが、特に廊下や階段は長年風雨に晒されたため、非常に傷んでいるようでした(立ち入り禁止です)。さらに、境内東側の高台には、ねねが伏見城から移したという茶室、傘亭と時雨亭があります。高台寺にはこの他にも遺芳庵や鬼瓦席などの茶室があり、この時代の千利休の影響が伺えます。また、境内にある竹林の雰囲気は嵐山の竹林にも劣らない素敵な雰囲気を醸し出しています。
ねねの道
石畳が敷かれたこの道の周辺には、高台寺への入口や他の寺院、お土産屋さん、甘味処、京料理店、趣ある旅館などが建ち並び、人力車や着物を着た人々が行き交います。この道は、最近まで高台寺道と呼ばれていましたが、道路整備を行い、名前も新しくしたそうです。道は北側の円山公園から祇園閣の角を曲がり、南に続き、そのまま南へ向かえば、二年坂・産寧坂を経て、清水寺へと続きます。帰りもねねの道を通り、八坂神社、祇園四条へと歩きました。ねねの道を歩きながら見える風景をお楽しみください。ねねの道は一年を通じて観光客が絶えない京都東山随一の人気散策スポットです。






















































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