護摩供養(ごまくよう)とは、密教(真言宗や天台宗、修験宗)の重要な法要で、生木の桧葉でできた護摩壇(ごまだん)に火を付け、同時に経文を唱えながら、最初に供物、次いで護摩木(願い事を書いた薪)を火に焚べて、その炎で煩悩(人間の欲望や執着)を焼き尽くし、願い事を祈願する儀式です。火で煩悩を焼き尽くし、天とつながり、願いを成就させるそうです。護摩とはサンスクリット語で「物を焼く」という意味を持つ「ホーマ」(homa)が語源で、密教はヒンズー教に影響を受けた仏教です。
今回は、兵庫県箕面市の瀧安寺と京都市の法住寺で行われた護摩供養をご紹介します。
瀧安寺
箕面にある瀧安寺は、天台宗の流れをくむ修験道の一派である本山修験宗(ほんざんしゅげんしゅう)のお寺で、ご本尊は弁才天(日本四弁才天の一つ)です。役業者(えんのうぎょうじゃ)が箕面の滝の下で修業して悟りを得、滝の下に堂を建てて我国最古の弁才天像を安置して「箕面寺」と命名した(658年)のがこの寺の始まりと伝えられています。
毎年4月、7月、11月に関西一円から山伏が集結して採燈大護摩供(さいとうだいごまく)が行われます。採燈大護摩供とは、修験道(しゅげんどう)における屋外で行われる大規模な火を焚く儀式で、山伏が護摩木(ごまぎ)を焚き上げ、その炎で天下国家の安泰や人々の開運厄除、所願成就を祈る勇壮な法要です。渦巻く煙、燃え上がる炎の中、山伏たちの法螺貝や読経の声が道場に響き渡る様は、箕面山が元は修行のお山であったことを改めて思い起こさせてくれます。
午前11時、ほら貝の音に合わせ客殿から山伏が続々と出てきて、本堂である弁天堂の前に並び法要が行われ、その後行者堂の前でも法要が行われました。
行者堂の前で行われる法要は、4月に行われるのが戸開(とあけ)法要、11月に行われるのが戸閉(とじめ)法要で、行者堂の戸を開ける、閉める法要です。行ったのは11月でしたので、これは戸閉法要になります。4月から11月の間が修行の期間というわけです。
法要が終わった後、大護摩道場に降りて行って、いよいよ護摩供養が始まりました。大護摩道場にはすでに護摩壇がつくられていました。
法螺貝が始まりを告げ、先ず寺の中の人と外からやってきた人との山伏問答が繰り広げられ、修験のいわれや装束の意味などが説明されます。
その後、護摩壇の周りで山伏が四方に矢を放ち、剣を使い邪気を払い(法弓、法剣の儀)、護摩壇に向かって斧を振るい煩悩を断ち切る(法斧の儀)という儀式が行われました。
法弓の儀、東西南北と護摩壇、鬼門の方角に矢を射る。この矢は破魔矢の起源と言われているそうです。

長老が祈願文を読み上げた後、いよいよ護摩壇に着火されました。もくもくと立ち上る煙とともに、大勢の山伏が声高らかに般若心経が読み上げ、一種独特の雰囲気が立ち込めました。点火後は炎があがらないように、水を掛けて煙を出すそうです。

煙が立つ護摩壇に、供物、次いで護摩木が投げ入れられました。私も家内安全を願って家族全員の護摩木を納めました。





















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